アニマルスパイツーリング【トリシティ300とXSR155】東海編 vol.2
その日の任務はひたすら走る事に特化した内容だった。トリシティ300はその大柄な車体とは裏腹に思いのほか乗りやすく、快適だった。かなり風が強い日だったが、高速道路での絶対的な安心感やワインディングロードでのコーナリングの楽しさなど、別次元の面白さを提供してくれた。
さて、場面は切り替わり潜入任務だ。ここからは命のやり取りになる場合もあるので読者諸君も緊張感を持って挑んで欲しい。昼食を不完全燃焼で終わらせた我々は、夕飯に「鳥兵」をチョイスした。どうやらこの辺りは鶏肉と豚肉がイチオシらしい。期待できそうだ。豚に関してはトンテキの文字が躍るので、鶏肉をチョイスしておこう。
様々な種類のメニューが並ぶが、どれも美味しそうだ。但し、美味しいとベストチョイスは似て異なるのだ。ここでイチオシのものを頼むこととしよう。もちろんかしわ焼き定食を頼むべきだが、ラーメンもなかなかの色気だ。透き通るスープに上品な鳥の出汁、ここで食べなければもう出会えないかも知れない。迷った挙句、ラーメンはシェアで注文する事にした。
ラーメンといえば最近ではなんでもありで、味を濃くしておけばOKな風潮も散見される。動物の骨をグズグズになるまで何時間も煮込んだり、背脂とかいう脂身のカスをこれ見よがしに浮かべてみたり、田舎の個人商店で埃をかぶった売れ残りのドレッシングばりに油が分離したラーメンなど、まるで魔女の作る毒鍋のような物が普通に販売されているのが現状だ。幾重にも重なる厚化粧を施された味。能面の様なその表情からは、食材の素顔を窺い知る事は出来ない。そこにナナハン君の様な男が客として入り、さらにニンニクとか生姜みたいな主張の強い毒味をスプーン一杯投入してブヒブヒ啜る。もし美味しく感じるのであれば家に帰りサラダ油に醤油を混ぜて飲んでみるといい。きっと同じ様に美味しいと感じるだろう。生姜チューブとおろしニンニクもお忘れなく。その点コレは裸麺(ラーメン)と呼ぶに相応しいスッピンっぷりだ。素手での勝負、ステゴロだ。受けて立とうじゃあないか。
ひとくち啜ってみる、うん、優しいお味。どこか懐かしいなぁ。記憶を辿る。遠い山々には緑が青々と茂り、カラッと晴れた空にはもくもくの入道雲。
うんうん、浮かんでくるぞ。さらにもう一口いただく。
うるさいくらいに泣き続ける蝉たちの合唱が、山あいの小さな村をにぎやかに飾り立てる。古い木造の平屋の縁側では、合いの手を打つように風鈴が静かにちりんとひとつ音を立てる。鼻を澄ますと感じる夏の匂いは、微かだが確かにそこにあった。そして私は、手探りでその音や匂い達を一つひとつ大切に集めて情景を組み立てていく。どんな景色が完成するのだろうか。テーブルの上には未完のパズルが並べられていて、答えはまだ見えてこない。その夏の情景が綴られているであろう一枚の絵画を、楽しみながら口の中で大切に組み立てていく作業は、さながら私とシェフだけの秘密の共有であり、外食が特別な時間である事を舌を通じて音もなく雄弁に伝えてくるのだ。
さらにもうひとくち。
ひとくち食べるたびに遠い昔に綴られた思い出のページがはらり、はらりとめくられていく。静かにめくられる古い記憶のその紙質の手触りを私は確かに感じる。その重さ、ふわりと漂う古い紙特有の匂い。もうすぐ見えてくるであろう暖かなその景色の全貌に、私は胸を躍らせる。霧が晴れるように目の前に景色が広がる!その刹那ー
ブビー!!プピプピプピィィー!!
誰かが鼻をかんでいる。私たちのパズルは、その残酷で下品な音によりはらはらと崩れ去った。ラーメンを乱暴に啜って鼻水が出たようだ。青天の霹靂とは、こういう事を言うのだ。彼はチリガミの紙質を確かめるように、ティッシュを開いて出した鼻水を眺めている。果たしてどんな景色が見えているのだろうか。
対する痰吐きアルパカは唐揚げ定食を食べていた。鳥専門店の唐揚げ、どんな味なのだろうか。下味という名の物語をつけた鶏肉を、カラッと衣で閉じ込める。そんなラブレターを次に開けるのは、他ならぬ彼なのだ。床に散らばるパズルを眺めながら、軽く嫉妬する。若いのにやるじゃあないか。
ナナハン君は親子丼にしたようだ。しかし親子丼とは凄いネーミングセンスだ。産んだ側も、産まれた側もセットで丼ぶりに入れる。まったく、ひとかけらでも理性があれば、こんな名前は付けまい。サイコキラーの養鶏士が、笑いながら鶏を捌いていたのだろう。
HAHAHA!この料理を親子丼と名付けよう!どうだい?この鶏達におあつらえ向きだろうw
・・・きっとこの丼にもカラザが入っていて、気にも留めずバクバク食べているのだろう。がっつく姿は、木の根を鼻で掘るイノシシのようだ。木の下には栄養価の高い幼虫でも埋まっているのだろうか。
そして私と丸まりバンゴリンはといえばこのチョイス。その店のお勧めを選ぶ事にした。やはり鶏が売りなのであれば諸君も一度は頼む事をお勧めしておく。
ご覧くだされこの色艶を。ひとくち口にしてみると、見た目と違い意外にも鳥の味を殺さない程度の味付けだ。目を閉じれば豊かな大地が浮かんで来る。鶏たちはのびのびと走り回り、思いおもいの自由を歌っていた。そこには口髭を蓄え、赤いサロペットを着て片手に斧を持ったサイコキラーは存在していないのだ。彼を仮にジョンと名付けよう。
HEYジョン!腹が減った!いつもの奴頼むよ!
OH、NANAHAN!あれだろ?O・Y・A・K・O!
笑いながら赤いサロペットを着たジョンが鶏たちを追いかけ回す。鶏たちは必死に逃げ回るが、JohnとNANAHANに敵うはずもない。運の悪い鶏が一羽、NANAHANに捕まる。NANAHANは鶏の首を掴んで、Johnの方に投げつけた。野球で鍛えたNANAHANの速球に合わせて、Johnが斧を投げつける。ギャン!鶏の断末魔が短くこだまする。血を吸いすぎて赤黒く錆びたJohnの斧は、可哀想な鶏の首を掻き落とした。2人の息はぴったりで、まさにバッ&テリーと呼ぶに相応しいコンビだった。Johnはおもむろに鶏の体を拾い上げると首から滴る血液をひとしきり飲み干し、乱暴にサロペットのお腹の部分のポケットに詰め込んだ。NANAHANは白い歯を見せて笑いながら、頭を拾い上げるとその辺の野良犬にくれてやった。犬がかじると、ガリッと音がした。その様子を見ていたNANAHANはヒュー、と口笛を吹いた。
・・・ふと我にかえると、すでにナナハン君はOYAKOを食べ終わって、テレビのクイズ番組に見入っているようだった。静かに見ている様子だが、多分頭の中で回答しているのだろう。時折思案するそぶりを見せながら、楊枝で歯の掃除をしていた。なんとなく、その歯の隙間からニワトリのトサカの破片が見えたような気がした。
続く
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