極食ノ村7【アニマルスパイヤヴイヌ】

供物の夜(くもつのよる)

全員が“整え”を終えたのは、ちょうど日が傾きかけた頃だった。

それぞれが堂を出ると、奇妙なほど静かに頷き合い、無言のまま宿へと戻っていった。

——まるで、誰もが“何かを忘れて”しまったかのように。

部屋に戻った五人は、囲炉裏を囲みながら湯をすすっていた。

「私は……すごかった。堂の中にいたのは、寿司の神様だった」 ヤヴイヌが自信満々に語り出す。

「私の舌を誉めて、『おぬしこそ真の食通』と言って、金のしゃりでできた巻き寿司を授けられたんだ」

「へぇー、奇遇ですね。僕はあれですよ、親父が現れてね、優秀社員として表彰されたんです。僕だけですよ、表彰されたの」 修一郎がニヤニヤしながら首を傾げる。

「うちはな……おばあちゃんに会うてん。昔よく作ってくれた芋粥の味がふっとしてきて、『よう来たね』って。もう泣いてしもたわ」 マキがしみじみと語ると、誰もがうなずいた。

「俺はよ、牛肉が喋ったんだ。『食ってくれ』って。だからありがたく、こう……丸かじりよ」 ナナハン君が胸を張る。

だが、どこかおかしい。 全員の話はやたらと都合がよく、妙に曖昧で、どれも“記憶”というより“願望”のようだった。

そんな空気を裂くように、女将・冴子が湯呑を置いて言った。

「……あんたら、全部ウソや」

四人の動きが止まる。

「ほんまの整えっちゅうのは、そんなんやない。あれは、自分の一番醜い部分を見せつけられる場所や」

冴子は囲炉裏の火を見つめながら、ゆっくりと語り出す。

「昔な……“ジョン”て男が、うちの宿に泊まったんよ。民宿かわむらに。旅人やったけど料理にうるさくて、いちいち文句つけてきてな」

「ある晩、うちの渾身の料理を出したんや。鯛の兜煮、山菜の白和え、鹿の朴葉味噌焼き——どれも地元のもんを丁寧に拵えたんや」

「けどあいつ……一口食べて、笑いよったんや。『家庭の味ってやつか。まあ田舎じゃ仕方ないな』っちゅうて」

「その時、うちの中で何かが崩れた」

「それでも我慢して、もう一品、隠し玉の吸い物を出した。椀を開けた瞬間、出汁の香りがふわっと広がってな……。けどあいつ、箸もつけずに言うたんよ」

「『この椀に、答えはないな』——ってな」

「……あいつのせいや。うちの家族、料理に命懸けとった。けど、全部否定された気がした。あの一言でな」

冴子は静かに、しかし強くナナハン君を睨む。その目には、ただならぬ怒りと悲しみが混じっていた。

「——あんた、あいつに似てる」

ナナハン君はアホみたいな顔で女将を見ていた。誰も言葉を返せなかった。

その晩、夕食が運ばれた。

器に盛られた料理は、いつものように素朴だった。

だが、一口食べた途端——

「……うまい……」 ヤヴイヌが呟いた。

「なんでやろ……すごく、やさしい味がする……」 マキが涙ぐむ。

「これ、ほんまにいつもの料理か……?」 修一郎が箸を止めて見つめる。

ナナハン君は黙って咀嚼し、ぽつりと一言。

「……味って……こういうもんかもな」

誰もが、“極食”を確かに“美味”と感じていた。

それが整えの副作用なのか、それとも——

この村の呪いなのか。

さようなら、ヤヴイヌ

それから数日、村では相変わらず村長の独裁が続いていた。

五人はというと、取りつかれたように“極食”をむさぼり続けていた。

朝も昼も、ほとんど食事は出されない。夜になってほんのわずかな料理が運ばれ、その少量を“ごちそう”としてありがたく味わう。

ある夜、ヤヴイヌが囲炉裏のそばで倒れた。

「……おい、どうしたんや……ヤヴ?」

修一郎が慌てて声をかけたが、ヤヴイヌの返事はない。

顔はげっそりとやつれ、唇は乾いて裂け、目はうっすらと開いたままだった。

「おい……ヤヴ、ってば……!」

ナナハン君が肩を揺するが、彼は動かなかった。

冴子がそっと脈を取り、一言、低く告げた。

「……死んどる」

静寂が宿に満ちた。

マキが口を押えてうずくまり、修一郎が拳を震わせる。

ナナハン君がゆっくりと立ち上がった。

冴子は囲炉裏を見据えたまま、ぽつりと呟いた。

「……気づいてたんやろ? これは“料理”やない。ただの……兵糧攻めや」

「味が変わったんやない。あんたらの腹が、狂わされただけや」

「極食っちゅうのは、飢えた体に錯覚させてるだけや。なんでも旨く感じるようにな」

沈黙が流れた。

「……じゃあ、ワシら……騙されとったんか……」 修一郎が呟く。

冴子はうなずいた。

「餌付けされとったんや。ヤヴイヌの死で、やっと気づいたんや」

ナナハン君が、ぎゅっと拳を握る。

「許せねぇ……このままじゃ済まさねぇぞ……」

マキが顔を上げた。

「せやけど、どうやって……村長にはバレへんようにせな」

ナナハン君が、ふと口を開く。

「ジビエ、獲ってこようや」

「森に入って、鹿でも猪でもええ。ほんまもんの旨さ、食わせてやったら……村人も目ェ覚ますかもしれん」

こうして、五人は“村長打倒計画”を立ち上げた。

夜な夜な山に入り、罠を仕掛け、動物を狩り、冴子が極上の料理に仕上げる。

村人を一人ずつ食卓に誘い、少しずつ、洗脳を解いていく作戦だった。

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