風の便り
「……ちょっと、腹ん中で何かがぐるっと回ったな」
膳の前で腕を組みながら、ナナハンはふと腹の底に微かなうねりを感じた。昼過ぎに食ったドライブインの“激盛りにんにく唐揚げ丼”が、どうやら今頃になって主張し始めたらしい。
(やっぱアイツ、油が古かったな……)
そんな反省も束の間、視線は向かいのマキに移った。さっきからこの女、ちょいちょい目線を送ってくる。いや、視線というより“軽蔑”だ。あの顔だ。あの、上品ぶった、斜めから見下ろすような目。ああいうのが、昔からいちばん気にいらねえ。
(えらそうに細けえこと言いやがって……“出汁の透明感が”とか、“余韻が心地いい”とか……どの口が言ってんだか)
ぐるぐると腹が不穏に回転し始めたのを、ナナハンは“好機”と受け取った。
昔から、放屁のコントロールには自信があった。
さらに、我慢を重ねることにより破壊力を強めることも可能だった。
席を立つ。
土間へ向かう途中、すれ違いざま、わざとほんの少し、マキの背に近づく。しかも静かに、ゆっくり、狙いを定めるように。
確実にナナハンの分身たちを鼻腔に届けなくてはならない。昼間に食べたものが、
ナナハンの中で加工され彼女にデリバリーされる。理想は髪の毛を通過していくのが一番だ。
そうすることにより髪に残った匂いが後味として彼女をより楽しませる。
──いまだ!
「ブッ!」
空気が抜けるような感触とともに、尻の奥から解き放たれた“主張”は、確かにマキの後頭部をなでるように漂った。
(よし……)
ナナハンの口角がわずかに上がる。
(彼女はどんなテイスティングをするだろうか。ナナハンの小さな分身たちをどんなポエムに変えて表現するんだろう……)
マキのみに聞こえるように、ナナハンは小さな声で「バーカ、屁でもかいどけ」
と捨て台詞を吐いた。
彼は一礼もせずに、ずかずかと土間を渡り、戸を開けた。
──屁は言葉に勝る。
そう信じて疑わないナナハンは、背後でマキが絶句する音すら心地よく聞き流しながら、夜風の中に消えていった。
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