アニマルスパイツーリング【トリシティ300とXSR155】東海編 vol.4 (最終話)
1.益荒男
俺の名はナナハン。キン肉星からやって来たレスラーの一種だ。一応スパイとして働いているが、俺様以外は皆無能な男たちばかりだ。だから俺が先陣を切ってこの砂漠のような国を駆け抜けるのだ。
今日もしょうもないよく分からんバイクで1日走って疲れたぜ。肉を頼むゼ!板さんよう!
よく分からんシケた小魚が並んでやがる。この感じだと次に出てくる料理はスペアリブか!
大男4人の前に、貧弱な量の刺身が並ぶ。オイオイ、オリャレスラーだぜ。ったく、こんなんじゃ力が出ねーぜ!
ブレーンバスター!!なんてなw
ブハハハハ!俺っておもしれーだろう?まあいいや、腹減って仕方がねーからとりあえずサカナの死体を口に運ぶ。どれを喰っても同じ味じゃねーか。試しに他のバカどもに聞いてみるか。
「コレ全部同じ味しねーかよ、オイ?」
「コレとこれは違いわかるでしょ?」
ヤブイヌのヤローがわかったような事言ってやがる。解るもんかいこのスットコドッコイが。デザートはステーキだといいなあ!頼むゼ!
2.オペラ座の怪人
今日は民宿で夕食をいただく。前回の民宿での豪華夕食体験があった為期待値が高まる。ナナハン君が粗相をしないといいのだが。
ふと彼を見ると、何故か肩で息をしていた。興奮しているようだ。首周りから湯気のようなものが立ち込めている。落ち着かない様子でひっきりなしに犬のように電信柱に小便をかけている。彼がああなってしまう時は、多分お腹が空いている時だ。アルパカとバンゴリンは初めて見るらしく、心配していた。
「ナナハンさん、なんか具合でも悪いんですかね」
「ああ、あれは行儀が悪いだけで多分平気だと思う。おおかた肉でも食べたいんじゃない?」
中居さんが食堂へ案内してくれる。こじんまりとしていて、雰囲気のある食堂だった。奥の方で1人常連さんらしき人が晩酌をしていた。
これは美味しそうだ。上品に選び抜かれた、和のまとまりがそこにはあった。一つひとつ味わいながらいただくとしよう。
ブヒー!!
ナナハン君の方から動物の鳴き声が聞こえた。おおかた肉料理でも期待していたのだろう。気にせず無視して自分の世界に入っていく。
突然、机の上に伊勢海老のお造りが運ばれて来た。素晴らしいギフトに胸が高まる。こんなに豪華な主役の登場に、私はいつの間にやら魅了され、シェフの描く物語に没頭していくのだった。
潤沢に脂を蓄えた刺身が、ねっとりと舌に絡みつく。新鮮が故の歯応えが、海に宿る生命力を感じさせる。ふとナナハン君の方を見ると、ポテチでも食べるかのように刺身を食べている。そんな食べ方で味が分かるのだろうか。
伊勢海老のお造りを口に運ぶ。柔らかだが確かに香る磯の風味。目を閉じると、壮大なオペラが鳴り響く。今からこの旅で、最も豪華絢爛かつ荘厳な物語が幕を開けるのだ!
スルスルと赤い緞帳が上がっていく。その瞬間私は1970年台のパリに立っていた。刺身たちとの壮大なラブロマンスが始まったのだ。観客たちは拍手を惜しまない。今、古びたシャンデリアは不思議な物語と共にオークションにかけられたのだ。
イカの刺身を口に運ぶ。伊勢海老の後のイカは、海老の残り香と重なり口の中で更なる盛り上がりを見せる。どんどん私の中の物語は加速していく。最近パリは、謎の仮面を被った怪人の噂で持ちきりだった。オペラ座では奇怪な事件が多発していたのだ。
爽やかな味わいの酢の物は、あくまで魚の風味を維持しつつも舞台を転換してくれる。魚たちが口の中で演じる物語は、舞台を切り替えて続いていくのだった。
目の前で素晴らしく展開される魚たちのショーに、私は文字通り釘付けになる。舞台ではソプラノのプリマドンナ、カルロッタが高らかに歌っている。目を凝らすとその上ではゆらゆらと大きなシャンデリアが揺れている。いよいよこの物語の最大の見せ場であり、観客たちが最も楽しみにしているあのシーンがやってくる!いやがおうにも期待値が高まる。その刹那ー
ホゲホゲホゲー!!ビールうめー!!
ダァアアン!
ナナハン君が乱暴にコップを机に叩きつけた。そこには仮面をつけた悲しき怪人ではなく、ビールの口髭を蓄えた下品なサンタが座っていた。
3.粗挽きハンバーグ
うううっ。いつまで経ってもデザートの肉塊が出てこねえじゃねーか。いったいどうなってやがんだ。ヤブイヌのヤローはさっきから白目を剥いて何やらオペラがどうのとかブツブツ言ってやがる。イカれたのか?
「何みてんだ、このヤロー」
俺は焼き魚の死骸の目玉に割り箸を突き立ててみる。グスッと鈍い音を立てて白い目玉は陥没した。あーあ、肉が食いてえなあ。しっかし、肉といえばこの前のJohnとの肉野球は傑作だったぜ。
「HEY! NANAHAN!今から肉野球(meat ball)しようぜ!」
「久しぶりだなJohn!いいぜ、かかって来な」
俺はおもむろにJohnの牧場の柵を開けて中に入った。危険を感じたのか豚たちが一斉に俺から離れていく。最近はJohnの牧場の牛の餌を狙って、野生の豚たち(それともイノシシなのかあれは)が入り込んでいた。Johnは豚たちに手を焼いていて、捕まえたら食べていいといつも提案してくるのだった。身近で逃げ遅れた豚の足を、俺は掴んでJohnの方にそのまま投げつけた。コイツは打てまい。実は最近YouTubeで、ビーンボールの投げ方をマスターしていた。豚はぐらんぐらん揺れながら、ミット目掛けて(もちろんそんなものは実際にはないのだが)一気に飛んでいく。Johnはフルスイングで愛用の斧である「スプリー・キラー」を振りかざした。鈍い音がして、次の瞬間豚は真っ二つに分断されてしまった。Johnは満足そうに片側を持ち上げると、流れ落ちる血を啜った。
「NANAHAN、コイツをとびきりのハンバーグにしようぜ」
Johnが提案する。ハンバーグか、悪くねえ!俺はJohnに粗挽きで頼むぜ、と言い残して、農場の脇の草っぱらで大便をしながら待つことにした。しかし空が青いな。しばらく唸っていると、小屋の方からエンジン音が聞こえて来た。おう、料理が始まったな!Johnに声をかけるが、エンジン音で聞こえていないようだった。俺はコイツの料理をする姿がたまらなく好きだった。採れたての動物をテキパキと肉塊に変えていく。茶褐色の皮のエプロンを着こなしたJohnのチェーンソー裁きは、まるでショーのようだった。コイツほどの腕前のシェフを俺は他に知らねえ。Johnのチェーンソーを眺めていると、側面にある「Husqvarna」の文字がみるみる血で染まってゆく。Johnはご機嫌な様子で昔の流行歌「BOY meats GIRL」を口ずさんでいる。少年と少女が肉塊と出会い、カルビと恋に落ちる。肉との三角関係。確かそんな感じの歌詞だ。合わせて俺も歌う。ヴィーンガガガガ。返り血で真っ赤に染まるJohnはひとしきり調理を終えた後、身体中真っ赤に染まった顔で少年のように無邪気に笑った。Johnの黄色い歯と、旨そうな赤い血・・。そのコントラストに俺は興奮を隠しきれなかった。
「俺の勝ちだな。ほら、ビール奢りな」
そんなJohnの得意そうな笑みを思い出しながら、俺はビールの入ったグラスを眺めていた。もう一杯飲むか。どうせ肉はこなさそうだ。よく冷えたビールで乾杯と洒落込もう。
新しいビールはよく冷えていて、注いでみても泡立ちでその様子がわかった。ごくり、と喉がなる。俺はおもむろにグラスを掴むと、一気にビールを流し込んだ。
ホゲホゲホゲェ!!ビールうめー!
これでつまみにビフテキがあったら良かったのにな。Johnのハンバーグが食いてえ。そんな事を考えている間にも、夜は静かにふけていくのだった。
4.バンゴリンの不信
今回初めての任務だったけど、驚きの連続だった。僕自身、スパイの任務を舐めていたわけではない。しかしベテランスパイ達の動きに、圧倒されっぱなしだったのは事実だ。彼等はいったい何を考えて食事しているのだろうか。
ナナハンさんは今日の昼頃から終始様子がおかしかった。定期的に草むらに分け入って出てこなかったり(何をしていたのだろう)、電信柱を見るたびに小便をかけていた。時折僕のことを「ジョン」と呼び間違えながら、肩をバンバン叩いてくるのだ。その目は明らかに常人のものとは違っていた。コンビニに入ると突然
ブレーンバスター!ハハハハハ!
と叫んで、白い歯を見せて笑っていた。そしてヤブイヌの方といえば、ひと口食事を咀嚼するたびに、トランス状態に入ってブツブツ何かを言っていた。きっと2人の中では何かが起こっているのだろう。今回私たち(アルパカとバンゴリン)が経験した旅は、過ぎ去ってみれば夢のような時間だったのかもしれない。本当にあったことなのか、それとも夢のようなものだったのか今となっては自信を持つことができない。ただひとつ、読者の皆様と共有したこの物語は、いつまでも色褪せることはない。私に出来ることは、物語を綴られたこの本を静かに閉じることだけなのかもしれない。
fin.
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